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監査対応2026.06.29

PPAにおける監査法人との協議

PPAの報告書は、作成して終わりではなく、会計監査人の検討を経て初めて決算に載ります。評価人の選定基準、事前に握っておくべき論点、差し戻しが起きる原因は、いずれも監査上の要求事項から逆算して整理できます。本稿では、監査基準報告書620「専門家の業務の利用」を軸に、監査法人との協議で押さえておきたい点を実務の順序に沿って説明します。

評価人を実質的に選ぶのは誰か

PPAの評価人を発注するのは貴社ですが、その報告書を利用できるかどうかを判断するのは会計監査人です。監査の過程で評価人の適性や作業内容が十分でないと判断された場合、報告書は決算の根拠として使えず、追加作業か評価人の変更が必要になります。この構造がある以上、評価人の選定は監査上の要求事項を満たすかどうかという観点から行うことになります。

実務では、評価会社の候補を絞る段階で会計監査人に打診し、過去の対応実績や懸念の有無を確認する例が多く見られます。これは監査人が発注先を指定するという意味ではありません。監査人が特定の評価会社を推薦することは、後の監査手続との関係で望ましくないとされています。あくまで、監査上受け入れられない可能性がある要素を早い段階で洗い出すための確認です。

この確認を経ずに発注し、報告書の提出後に監査人から指摘を受けた場合、決算日程の中で修正する余地は限られます。評価会社の選定と会計監査人への共有は、同時期に進めておくことが実務的です。

会計監査人が評価業務を受託できない場合があること

PPAの評価を、貴社の会計監査人あるいはその関連会社に依頼できないかという相談があります。監査法人は評価の知見を持っており、監査の過程を熟知しているため、一見すると効率的に見えます。しかし、この形態は独立性の観点から制約を受けます。

日本公認会計士協会の倫理規則は2023年4月1日施行の改正により、監査業務の依頼人に対して非保証業務を提供する際の枠組みが整備されました。自らが行った評価の結果を自らが監査することになる場合、自己レビューの阻害要因が生じ得るため、監査人が監査先に対してそのような評価業務を提供できない場合があるとされています。とくに社会的影響度の高い事業体の監査においては、制約がより厳格に扱われます。

この規制は、独立した評価会社に対する需要が生じる直接の理由になっています。実務上は、監査法人と資本関係および人的関係を有しない評価会社に依頼し、監査人はその報告書を監査基準報告書620に基づいて検討するという役割分担が採られます。同一のグローバルネットワークに属するファームについても、依頼できるかどうかを個別に確認しておく必要があります。

独立性に関する具体的な判断は、監査契約の内容や事業体の性質によって異なります。実際の可否は、貴社の会計監査人に個別に確認してください。

監査基準報告書620が求める適性・能力・客観性

監査基準報告書620は、経営者が利用した専門家の業務を監査証拠として利用する場合、監査人がその専門家の適性、能力および客観性を評価することを求めています。評価人の側から見ると、この3つの要素について説明可能な材料を用意しておくことが、監査対応の出発点になります。

要素監査人が確認する内容評価人が示す材料
適性評価業務に関する知識と経験を有しているか担当者個人の経歴、出身組織、保有資格
能力当該案件を遂行する実務能力があるか類似案件の関与件数、業種別の対応経験、投入体制
客観性企業との利害関係が判断に影響しないか報酬体系、資本・人的関係の不存在に関する書面表明

客観性については、報酬が評価結果の金額に連動していないことが重要になります。成功報酬型の契約は、評価額を厚くする方向あるいは薄くする方向のいずれにも誘因を生じさせるため、客観性の阻害要因として扱われます。報酬体系の考え方はPPAの費用と依頼先の選び方で整理しています。

評価人に求められる組織の管理体制

個人の適性と能力が満たされていても、それだけでは十分ではありません。評価は判断の積み重ねであり、担当者一人の判断のみで完結する体制は、誤りが検出されないまま報告書に反映されるリスクを伴います。監査人は、評価人が所属する組織における品質管理の仕組みについても関心を持ちます。

具体的には、担当者以外の者による審査が業務の一部として組み込まれているかどうかが確認の対象になります。審査者は、評価モデルの構造、採用した手法の妥当性、入力データと事業計画の整合、計算過程の正確性を、担当者から独立した立場で確認します。少人数の評価会社の場合、外部のレビュアーを審査者として起用する形態も採られています。

審査の記録が残されていることも実務上の要点です。監査人から質問を受けた際に、どの論点をどのように検討したかを示せるかどうかは、報告書そのものの説得力を左右します。第三者の報告書に対する審査についてはセカンドレビューとして弊社でも取り扱っています。

着手前の事前協議で握っておくべき論点

差し戻しの多くは、報告書の提出後ではなく、着手前の認識合わせの不足に起因します。評価作業に入る前に、貴社、評価人、会計監査人の三者で論点を共有しておくと、後工程での往復が減ります。協議の対象になるのは主に次の4点です。

第一に、識別の範囲です。どの無形資産を識別対象とし、どれを識別しないと判断するのか、その理由をあらかじめ整理します。企業会計基準第21号および企業会計基準適用指針第10号は、法律上の権利など分離して譲渡可能な無形資産を識別対象としています。JICPA経営研究調査会研究報告第57号「無形資産の評価実務」も、識別と評価の考え方を整理した資料として実務で参照されています。識別の考え方は無形資産の類型で扱っています。

第二に、評価手法です。超過収益法、ロイヤルティ免除法、コスト・アプローチのいずれを採用するかは資産の性質によって決まりますが、同一の資産に複数の手法が適用し得る場合、選定理由の説明が求められます。手法ごとの適用場面は無形資産の評価手法で解説しています。

第三に、割引率です。企業結合全体のIRR、加重平均資本コスト、そして無形資産ごとの割引率の関係が説明可能であることが求められます。資産別の割引率を加重平均した値が全体の資本コストと整合するかどうかを確認する分析は、監査上の質問が集中する領域です。

第四に、経済的耐用年数です。顧客関連資産における顧客の逓減率、技術資産における技術の陳腐化の速度など、年数の根拠となるデータをどこから取得するかを事前に決めておきます。過去の解約率や取引継続年数の実績が対象会社側に存在するかどうかは、早期に確認しておくべき点です。

論点事前に確定させておくこと
識別の範囲識別する資産と識別しない資産、それぞれの判断理由
評価手法資産ごとの採用手法と、他の手法を採らなかった理由
割引率WACCとIRRの水準、資産別割引率との整合の検証方法
経済的耐用年数年数の根拠データの入手可能性と、償却方法の考え方

差し戻しが起きる典型的な原因

実務で見られる差し戻しの原因は、評価技術そのものよりも、説明の不足や前提の不整合に集中します。

最も多いのは、事業計画と評価に用いた将来キャッシュ・フローの不整合です。取締役会に付議された買収時の計画と、評価モデルに入力された数値が異なる場合、その差異の理由を説明できなければ検討が止まります。計画を調整して用いる場合は、調整の内容と根拠を報告書に記載しておく必要があります。

次に多いのは、割引率の説明の不足です。無形資産に適用した割引率が全体のIRRと乖離している場合、その理由が資産のリスク特性に基づくものであることを示す必要があります。整合性の検証を行っていない報告書は、追加分析を求められます。

経済的耐用年数の根拠が示されていない場合も同様です。業界の一般的な水準を援用するだけでは足りず、対象会社の実績データとの関係を説明することが求められます。加えて、繰延税金負債や節税効果の取扱いが報告書に明示されていない場合、貴社の税務処理との整合を確認する過程で照会が生じます。

これらはいずれも、着手前の協議と報告書の記載事項の設計によって相当程度回避できます。差し戻しは決算日程を直接圧迫しますので、工程の初期に時間を割く価値があります。

まとめ

PPAにおける監査法人との協議は、報告書提出後の説明ではなく、着手前の設計として位置づけられます。会計監査人が評価業務を受託できない場合があること、監査基準報告書620が適性・能力・客観性の3点を求めていること、担当者以外の者による審査体制が確認の対象になることを踏まえ、識別の範囲、評価手法、割引率、経済的耐用年数の4点を事前に共有しておくことで、差し戻しの多くは避けられます。

弊社は監査対応を含めてPPAを受託しています。事前協議の進め方についても対応しますので、お問い合わせよりご連絡ください。

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